現在、企業には障がい者の法定雇用率を達成する義務がありますが、多くの企業が「雇用したくても適切な業務がない」「採用が難しい」といった課題を抱えています。
2025年時点で民間企業の法定雇用率は2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%へ上昇予定です。しかし実際には法定雇用率を達成している企業は全体の約46%に留まり、新基準への対応が大きな課題となっています。
こうした中、注目されるのが、複数企業で障がい者雇用を共同で行う「算定特例制度」です。
本記事では、この制度の概要と仕組み、企業にとってのメリット、最新の法改正動向、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)やダイバーシティの観点から障がい者雇用の意義を考察します。
さらに、先進事例としてチームシャイニー・シャイニーラボ**の取り組みを具体的に紹介し、制度活用のポイントや導入ステップについて解説します。
そもそも「法定雇用率」の基本的な仕組みや、自社が対象かどうかについて不安な方は、まずこちらの「法定雇用率とは?簡単にわかりやすく解説!」の記事で全体像をご確認ください。
障害者雇用の「算定特例制度」とは?

障害者雇用の算定特例制度とは、一定の条件の下で企業グループ全体や複数の中小企業による共同事業体で障がい者の雇用人数を合算し、法定雇用率を算出できる制度です。
個々の企業単独では雇用が難しい場合でも、グループ全体または共同組織として障がい者雇用に取り組むことで、全体で法定雇用率をクリアしやすくすることを目的としています。
制度の目的:なぜ今、算定特例制度が必要なのか?
算定特例制度の目的は、障がい者の雇用機会を拡大し、企業の法定雇用率達成を支援することにあります。
従来、大企業では親会社と特例子会社で雇用率を通算する「特例子会社制度」が広く活用されてきました。しかしこの制度は子会社設立が前提であり、中小企業にはハードルがありました。
そこで2009年に創設されたのが、特例子会社がなくても企業グループ全体で実雇用率を通算できる「企業グループ算定特例制度」(厚生労働省)です。さらに、中小企業が事業協同組合やLLP(有限責任事業組合)などを通じて共同雇用する場合にも適用される「事業協同組合等算定特例制度」が設けられています。
対象となる企業:大企業グループから中小企業の連合体まで
対象となるのは、単一企業ではなく複数企業からなるグループです。具体的には、以下のようなケースが該当します。
- 企業グループ内算定特例: 親会社と複数の子会社で構成される企業グループ(親子関係があり、親が子会社を支配・統制)。特例子会社がなくてもグループ全体で算定可能です。
- 事業協同組合等算定特例: 中小企業が組織する事業協同組合、商工組合、LLPなど(親子関係はなく、共同で事業を行うための組合体)が、厚生労働大臣の認定を受けた場合。組合および加盟企業全体で算定できます。
いずれの場合も厚生労働省による認定が必要で、参加企業は一定の要件を満たす必要があります。
制度の仕組みと認定条件:グループ合算の仕組みとクリアすべき要件
算定特例制度では、認定を受けたグループ内の障がい者雇用数と常用労働者数を合算し、その合計で実雇用率を計算します。
例えば、単独では障がい者を雇用できていない企業A(従業員50人、障がい者0人)でも、他の企業と組合を組んで共同雇用を行い、グループ全体で必要人数の障がい者を雇用していれば、グループ全体として法定雇用率を満たせる仕組みです。
認定を受けるための主な条件は以下の通りです。
- グループ全体での障がい者雇用: 組合や子会社自体が障がい者を1人以上雇用し、その従業員に占める障がい者比率が20%以上であること。
- 各参加企業も一定の雇用確保: 子会社や加盟企業ごとに、常用労働者数に応じた最低人数の障がい者を雇用していること(例:従業員167人以上で少なくとも障がい者1人など)。中小企業の場合は緩和措置があります。
- 障がい者が働きやすい環境整備: グループ内に障がい者の適正に合った業務や職場環境を用意し、障害者雇用推進者の選任や、施設設備の改善、専門指導員の配置など受入体制を整えていること。
- 雇用促進事業への参加: 組合等が障がい者雇用の促進・安定に資する事業(職業訓練や就労支援サービスなど)を行っていること。また各企業もその共同事業に協力し、人的・業務的に密接な関係を持つこと。
以上の要件を満たし申請すると認定が与えられ、以後は毎年6月1日時点の障がい者雇用状況報告でグループ通算の計算が可能になります。
企業が算定特例制度を活用する4つの主要メリット

算定特例制度を活用することで、企業は法定雇用率の達成以外にも様々なメリットを享受できます。ここでは企業側の主な利点を4つ整理します。
法定雇用率の達成とコンプライアンス強化
何より大きなメリットは、障がい者法定雇用率をクリアしやすくなることです。
複数企業で共同雇用すれば、一社では不足していた人数もグループの力で補うことが可能です。その結果、未達成の場合に課される納付金(月5万円/人)や行政指導、社名公表といったコンプライアンス上のリスクを回避できる効果は大きいです。
障がい者雇用のノウハウ蓄積と社内理解の促進
共同スキームに参加すること自体が、障がい者雇用の促進に直結します。特に、中小企業単独では「社内に適切な職務がない」「受け入れノウハウが不足」といった理由で踏み切れなかった雇用が、共同体制なら実現できるケースがあります。
さらに、実際に障がい者とチームを組んで業務を進める経験を積むことで、各企業は障がい者と働く環境整備やマネジメントのノウハウを蓄積できます。
これは将来的に自社で障がい者を直接雇用する際の貴重な学びとなり、社内のダイバーシティ&インクルージョン推進にも役立ちます。
DX推進と業務効率化への貢献
算定特例制度を活用した共同雇用スキームは、デジタル化・業務効率化にも貢献し得ます。例えば後述するチームシャイニーの事例では、組合に所属する高度ITスキルを持つ障がい者チームから業務支援を受けられるため、各社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を強力に後押ししています。
中小企業単独では確保しにくいハイレベルなIT人材をシェアリングするイメージで活用できるため、「紙の業務を電子化したい」「定型作業をRPAで自動化したい」といったDXプロジェクトを速やかにスタートできます。
企業ブランドイメージとESG評価の向上
障がい者雇用に積極的に取り組むことは、企業のブランドイメージ向上にも直結します。
近年、消費者や投資家は企業の社会的責任に注目しており、障がい者に活躍の場を提供することは「人を大切にする企業」というポジティブな印象につながります。
またこの取り組みは、国連のSDGs(持続可能な開発目標)が掲げる「働きがいも経済成長も」「人や国の不平等をなくそう」といった理念にも合致しており、ESG投資の評価という観点でもプラスに働きます。
押さえておきたい!障害者雇用に関する最新の法改正動向(2025-2026年)
近年、障がい者雇用を取り巻く法制度は大きく強化されています。企業はこれらの動向を正確に把握し、早めに対応する必要があります。
法定雇用率の段階的引き上げ(2.5%→2.7%へ)
民間企業の法定雇用率は、2024年4月に2.5%へ、さらに2026年7月には2.7%へと段階的な引き上げが決定しました。これにより、企業が雇用すべき障がい者の人数が増加します。
対象企業の拡大(37.5人以上へ)
法定雇用率の引き上げに伴い、障がい者雇用義務の対象となる企業規模も拡大します。
従業員43.5人以上から40人以上(2024年)、さらに37.5人以上(2026年)へと変更されます。
2026年以降は従業員38名以上の企業が新たに法定雇用率遵守の対象となり、多くの中小企業に対応が求められます。
除外率制度の見直しと支援策の拡充
従来、業種によっては障がい者を雇用しにくい事情を考慮し算定基礎から一定割合を除外できる「除外率制度」がありましたが、2025年4月に各業種で除外率が一律10ポイント引き下げられました。
実質的に全ての業種でより障がい者雇用が求められる方向へシフトしています。
一方で、精神障害者の算定特例期間延長や、週10〜20時間の短時間就労障害者(重度障害者等)を0.5人分として算定対象に含めるなど、柔軟なカウント方法も導入されています。
なぜ今「障がい者雇用×DX・ダイバーシティ」なのか?
障がい者雇用はコンプライアンス上の義務であると同時に、企業のDX推進やダイバーシティ経営に資する戦略的取り組みでもあります。
DX推進の新たな担い手としての可能性
デジタル化が重要課題となる中、IT分野で活躍できる障がい者人材の存在はDX推進の鍵となり得ます。
例えば発達障害や精神障害のある方の中には、高度な集中力やパターン認識能力を発揮し、プログラミングやデータ分析で才能を発揮するケースも少なくありません。
DX人材不足に悩む企業にとって、障がい者雇用は新たな人材プールの開拓と言えます。
「障害特性を活かして貢献する」ことが可能な時代になりつつあり、業務改善の中で障がい者が価値を発揮する場を創出する発想が重要です。
ダイバーシティ経営における本質的な価値
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)経営が重視される今日、障がい者雇用は企業の多様性戦略において欠かせない要素です。多様な人材の参画は新たな視点やアイデアをもたらし、組織のイノベーション力を高めます。**「障害があるからこそ気付けるニーズ」や「ユニークな発想」**が新規事業やサービス改善に繋がったケースもあります。
法定雇用率の達成はその入口に過ぎず、そこから一歩進んで誰もが能力を発揮できる職場づくりを目指すことが、これからの企業に求められる姿勢です。
【先進事例】チームシャイニー・シャイニーラボの「DX×共同雇用」モデル

障がい者雇用の算定特例制度を活用し、DX推進と両立させた先進事例としてチームシャイニーとシャイニーラボの取り組みが注目されています。
先端IT人材を育成する「チームシャイニー」とは?
チームシャイニーは東京・秋葉原に拠点を置く、先端IT特化型の就労移行支援事業所です。
AI・データサイエンス・Webマーケティングといった最先端ITスキルに特化したカリキュラムを提供し、主に発達障害や精神障害のある利用者が高度IT分野で活躍できる人材となるよう育成しています。
母体となるシャイニーラボは、特定非営利活動法人発達障がい者を支援する会が運営する組織で、東京都から**ソーシャルファーム(就労継続支援と事業性を両立する組織)**として認証されています。
シャイニーラボでは研修だけでなく、実際の企業プロジェクトを受託して障がい者チームが業務を行う場も提供しています。
DXダイバーシティLLPによる画期的な共同雇用モデル
チームシャイニーとシャイニーラボが提唱するのが、「事業組合方式(LLP)×共同雇用×障がい者DX人材育成」という新しいモデルです。
具体的には、意欲と適性のある障がい者をシャイニーラボでDX人材として育成し、彼らによる「障がい者DX人材チーム」を結成します。
参加企業は有限責任事業組合(LLP)を通じてこの専門チームに業務を委託する形でプロジェクトを依頼します。
各企業にとっては、自社内に障がい者を直接雇用するわけではありませんが、LLP経由で業務委託=共同雇用することで、その障がい者が自社の法定雇用率算定対象になります。
これにより「DX推進の即戦力を確保しながら法定雇用率にも貢献する」という二つの課題を同時解決できるのです。
中小企業のDXと雇用問題を同時解決する仕組み
このモデルの先行事例として設立されたのが、DXダイバーシティ有限責任事業組合(DXダイバーシティLLP)です。
2024年11月、障がい者雇用を拡大したい複数の中小企業と、チームシャイニーが協力してこのLLPを立ち上げました。
DXダイバーシティLLPは厚労省の算定特例制度や参加企業全体で障がい者雇用率を合算し、グループとして法定雇用率を達成することを目指しています。
さらに、高度なITスキルを持つ障がい者の技術スタッフチームが所属しており、参加各社からの依頼に応じてデータ活用や業務自動化などDXプロジェクトを支援しています。
この取り組みは、中小企業のDX課題と障がい者雇用問題を同時に解決する新たなエコシステムとして高く評価されており、『日経トップリーダー』2025年11月号でも「埋もれていた人材(障がい者)が中小企業のDXを支援する仕組み」として詳しく紹介されました。
まとめ:障がい者雇用は「義務」から「企業成長のチャンス」へ
障がい者雇用の算定特例制度は、単に法定雇用率の数字をクリアするための仕組みに留まらず、企業経営に新たな価値をもたらす戦略となり得ます。
共同雇用スキームを活用することで、中小企業でも障がい者の才能を活かしながらDXを推進し、コンプライアンスと競争力強化を両立させることが可能です。
障がい者雇用は「義務だから仕方なく行う」のではなく、視点を変えれば企業の成長機会となります。
ぜひ本記事で紹介した制度の概要やメリット、事例を参考に、自社でも障がい者雇用の「義務」を「チャンス」へと転換する取り組みを検討してみてください。
それがひいては、企業の持続可能な発展と共生社会の実現に繋がる重要な一歩となるでしょう。



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