「障害者雇用納付金制度」は、単なる企業の義務やコストではありません。
2025年、そして法定雇用率が2.7%へ引き上げられる2026年に向けて、企業の「社会的責任(CSR)」から「環境・社会・ガバナンス(ESG)」の中核課題へとその意味合いを劇的に変化させています。
「障害者雇用納付金はいくら払うのか?」「助成金は必ずもらえるのか?」「電子申請はどうやるのか?」
本記事では、制度の基礎知識(わかりやすい概要・計算式)と、実務担当者が押さえるべき戦略的ポイント(改正対応・電子申請・助成金活用)を、5000文字を超えるボリュームで徹底解説します。
障害者雇用納付金制度とは?目的と仕組みをわかりやすく解説

制度の仕組みをわかりやすく:社会的連帯責任とは
障害者雇用納付金制度(しょうがいしゃこようのうふきんせいど)とは、「障害者雇用に伴う経済的負担を、社会全体(事業主間)で公平に調整する」ための仕組みです。
障害者を雇用するには、バリアフリー設備の導入、手話通訳者の配置、業務プロセスの見直しなど、健常者の雇用とは異なるコストがかかります。
このコスト負担を調整せず市場原理に任せれば、障害者雇用に熱心な企業ほど競争力を失い、雇用しない企業が得をするという不公平(フリーライダー問題)が生じます。
そこで、以下の資金還流システムが構築されました。
- 納付金の徴収:法定雇用率未達成の企業(常用労働者100人超)からお金を集める。
- 調整金・報奨金の支給:そのお金を財源として、雇用率を達成している企業や中小企業に配る。
つまり、これは「罰金」と「ご褒美」の単純なシステムではなく、公正な競争条件を保つための**「経済的インフラ」**なのです。
対象企業の区分と「100人」の境界線
本制度は、企業の規模(常用労働者数)によって適用されるルールが明確に異なります。
| 事業主区分 | 常用労働者数 | 法定雇用率未達成の場合 | 法定雇用率達成・超過の場合 |
|---|---|---|---|
| 対象企業 | 100人超 | 障害者雇用納付金の徴収 (支払い義務あり) | 障害者雇用調整金の支給 (受け取り可能) |
| 中小企業 | 100人以下 | 徴収なし (支払い義務なし) | 障害者雇用報奨金の支給 (受け取り可能) |
【重要ポイント】 「うちは100人以下だから関係ない」は大間違いです。100人以下の中小企業であっても、障害者を積極的に雇用すれば「報奨金」という形で直接的なキャッシュバックを受け取ることができます。また、後述する法改正により、適用の境界線や影響範囲は年々変化しています。
障害者雇用納付金制度はいつから変わる?2025年・2026年の改正ポイント

法定雇用率引き上げのロードマップ
企業にとって最大のインパクトは、法定雇用率の段階的な引き上げです。現在は2.5%ですが、2026年にはさらなる引き上げが確定しています。
- ~2024年3月まで:2.3%
- 2024年4月~:2.5%(現在の基準)
- 2026年7月~:2.7%(確定)
この引き上げにより、障害者を雇用しなければならない企業の範囲(閾値)も拡大します。
- 2.5%時代(現在):従業員 40.0人以上 で1名の雇用義務
- 2.7%時代(2026年7月~):従業員 37.5人以上 で1名の雇用義務
これまで「雇用義務なし」だった従業員38~39名の企業も、2026年夏からは突如として義務対象となり、未達成なら行政指導のリスクに晒されます。
週10時間以上20時間未満の労働者の算定(2024年4月改正)
2024年4月の改正で特筆すべきは、超短時間労働者の扱いです。
これまで算定対象外だった「週所定労働時間10時間以上20時間未満」の精神障害者・重度身体障害者・重度知的障害者が、「0.5人」として法定雇用率に算定できるようになりました。
【労働時間とカウント数の比較表】
| 週所定労働時間 | 改正前の扱い | 改正後のカウント数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 30時間以上 | 1.0 | 1.0 | 通常の労働者 |
| 20時間以上30時間未満 | 0.5 | 0.5 | 短時間労働者 |
| 10時間以上20時間未満 | 対象外(特例給付金) | 0.5 | 特定短時間労働者(精神・重度身体・重度知的) |
この改正により、「早朝の2時間だけ」「昼のピークタイムだけ」といったマイクロタスクを切り出し、精神障害者等の柔軟な働き方を促進しつつ、法定雇用率を達成する戦略が可能になりました。
これは従来の「特例給付金」が廃止され、正式な雇用率制度に統合されたことを意味します。
調整金・報奨金の「支給上限(キャップ制)」導入
大企業や特例子会社にとってのネガティブな改正として、支給額に上限が設けられました。
- 調整金(100人超):超過人数が年120人月(月平均10人)を超える部分の単価減額。
- 報奨金(100人以下):超過人数が年420人月(月平均35人)を超える部分の単価減額。
これは一部のビジネス(障害者雇用代行等)による利益偏重を是正し、財源を広く分配するための措置です。
障害者雇用納付金は一人当たりいくら?計算方法と100人以下の特例

ここでは、経営層や経理担当者が最も気にする「金額」について、具体的な計算ロジックを解説します。
障害者雇用納付金(不足する場合の支払い)
常用労働者数100人超の企業が、法定雇用数に達していない場合に徴収されます。
- 金額:不足1人につき 月額 50,000円
- 対象:常用労働者100人超の企業のみ
【計算シミュレーション:従業員300人の企業】
- 法定雇用率:2.5%
- 必要数:300人 × 2.5% = 7.5人 → 7人(端数切捨て)
- 実雇用数:4人
- 不足数:3人
- 年間納付額:3人 × 50,000円 × 12ヶ月 = 180万円
この180万円は、利益率5%の事業であれば「3,600万円の売上」に相当する利益が吹き飛ぶ計算です。経営的には看過できない損失と言えます。
障害者雇用調整金(超過する場合の受給)
常用労働者数100人超の企業が、法定雇用数を超えて雇用している場合に支給されます。
- 基本単価:超過1人につき 月額 29,000円
- 減額単価:超過数が一定以上(年120人月超)の場合、超過分は 23,000円 に減額
障害者雇用報奨金(中小企業のインセンティブ)
常用労働者数100人以下の企業が、一定数以上雇用している場合に支給されます。
- 金額:超過1人につき 月額 21,000円
- 条件:各月の雇用障害者数の年度計が「常用労働者数の4%」または「72人」のいずれか多い数を超えていること。
中小企業にとって、年間数十万円のキャッシュインは、休憩室の整備や採用コストの補填として非常に有効です。
障害者雇用納付金制度の申告はいつから?記入説明書と電子申請の手順
申告・申請のスケジュールと「失権」のリスク
障害者雇用納付金の申告業務は、年度初めの超短期決戦です。
- 申告・申請期間:毎年 4月1日 ~ 5月15日
- 期限厳守:納付金の申告が遅れると「追徴金」や「延滞金」がかかります。さらに恐ろしいのは、調整金・報奨金の申請が1日でも遅れると、受給権が消滅(失権)することです。「担当者が風邪で休んだ」等の理由は一切通用しません。
記入説明書と事務説明会
毎年2月〜3月頃、対象企業にはJEED(高齢・障害・求職者雇用支援機構)から「障害者雇用納付金制度 記入説明書」が送付されます。
また、全国で「事務説明会」が開催されます。初めて担当になる方は、この説明会への参加か、JEED公式サイトの解説動画の視聴が必須です。記入説明書は分厚いですが、計算ミスを防ぐためのチャートやコード表が網羅されています。
電子申告申請システムの活用
現在、行政は「電子申告申請システム」の利用を強く推奨しています。
【電子申請のメリット】
- 自動計算:人数を入力すれば納付金額や支給額が自動計算され、計算ミスを防げる。
- 前年データ複写:2年目以降は属性データの引き継ぎが可能。
- 即時受理:送信と同時に受付が完了するため、郵送事故のリスクがない。
- ペーパーレス:添付書類(手帳のコピー等)もPDFアップロードで完結。
URL:https://www.nofu.jeed.go.jp/Nofu_Densi/ ID申請が必要なため、4月になる前にIDを取得しておくことを強く推奨します。
公式サイト:障害者雇用納付金 電子申告申請システム
障害者雇用納付金制度に基づく助成金と併用可能な支援策
納付金制度に基づく調整金・報奨金以外にも、厚生労働省管轄の助成金を組み合わせることで、実質的なコスト負担を大幅に下げることが可能です。これらは「障害者を雇い入れた場合必ず支給される」ものではありませんが、要件を満たせば強力な武器になります。
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
ハローワーク等の紹介で障害者を雇い入れた場合の王道助成金です。
- 支給額(中小企業):重度障害者等は最大240万円(3年間合計)。
- ポイント:採用時の人件費補填として最も計算しやすい助成金です。
- 参考:特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)|厚生労働省
キャリアアップ助成金(正社員化コース)
有期雇用の障害者を正規雇用(無期雇用)に転換した場合に支給されます。
- 支給額:1人あたり57万円~(生産性要件等により変動)。
- 戦略:まずはリスクの低い有期雇用でスタートし、定着が見込めたら正社員化して助成金を得るステップアップ採用が有効です。
在宅就業障害者特例調整金・報奨金(アウトソーシング)
これは「直接雇用」が難しい企業向けのウルトラCです。 自宅で働く障害者(在宅就業障害者)や支援団体に仕事を発注(アウトソーシング)した場合、その支払額に応じて調整金や報奨金が支給される制度です。
- 計算式:業務対価(評価額35万円単位)に応じて、あたかも雇用したかのようにみなして調整金が支払われる。
- 活用シーン:IT業務、データ入力、翻訳などを切り出し、社外のリソースを活用しつつ納付金負担を減らすことが可能です。
障害者雇用納付金制度に関するよくある質問(Q&A)
- Q障害者雇用納付金制度に基づく助成金は、障害者を雇い入れた場合必ず支給されますか?
- A
いいえ、必ずではありません。 法定雇用率を超過している(調整金)、または一定数以上雇用している(報奨金)などの要件を満たし、かつ期限内(4/1〜5/15)に申請した場合のみ支給されます。雇い入れるだけで自動的に振り込まれるものではありません。
- Q障害者に支給される29,000円とは何ですか?
- A
障害者本人に支給されるお金ではありません。 これは企業に対して支給される「障害者雇用調整金」の単価(月額29,000円)のことです。障害者本人の給与とは全く別の、企業への補填金です。
- Q障害者雇用納付金は、赤字企業でも払う必要がありますか?
- A
はい、必要です。 納付金は法人税とは異なり、企業の黒字・赤字に関係なく、雇用義務未達成であれば支払い義務が生じます。ただし、全額「損金」として計上可能です。
- Q障害者雇用納付金制度の申告をしないとどうなりますか?
- A
追徴金、延滞金、そして「企業名公表」のリスクがあります。
申告がない場合、10%の追徴金が課されます。さらに悪質な未達成や指導拒否が続くと、厚生労働省により企業名が公表されます。これはESG投資の観点からも、採用ブランドの観点からも致命的なダメージとなります。
まとめ:障害者雇用納付金制度とは?わかりやすく目的は?100人以下計算方法・いつから・ 一人当たり
障害者雇用納付金制度は、もはや「総務部が年に一度処理する事務作業」ではありません。2025年、そして2.7%時代となる2026年を見据え、経営層は以下の戦略を持つべきです。
- ポートフォリオ採用への転換 「フルタイムの身体障害者」の採用競争はレッドオーシャンです。2024年改正を活用し、週10〜20時間の精神障害者雇用や、在宅就業特例制度を組み合わせた多様な雇用ポートフォリオを構築してください。
- 電子申告によるDX化 5月15日の期限に追われるアナログ業務から脱却しましょう。電子申告システムを導入し、空いた工数を障害者社員の定着支援(面談やケア)に充てることが、結果として離職を防ぎ、コストを抑制します。
- コンプライアンスからCSV(共通価値の創造)へ 納付金を払い続けることは、経営資源の流出です。助成金を戦略的に獲得し、それを原資に職場環境を改善する。そのサイクルを作ることが、労働人口減少社会における企業の生存戦略となります。
障害者雇用納付金制度を正しく理解し、「コスト」を「投資」に変える経営判断が、今まさに求められています。



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