人事担当者や経営層にとって、障害者雇用は避けて通れない重要課題です。2024年4月には民間企業の法定雇用率が2.5%(従業員40人以上対象)に引き上げられ、2026年7月にはさらに2.7%となることが決定しています。
「法定雇用率を達成しなければならない」というプレッシャーがありますね。
「しかし、社内に適切な業務が見当たらない」 「採用しても、どう配慮すればいいか分からない」 「せっかく採用しても定着しない」
こうした「顕在的な悩み」を抱えている企業は少なくありません。実際、法定雇用率を達成している企業は全体の約半数に留まっているのが現状です。
しかし、障害者雇用を単なる「義務」や「コスト」として捉えている限り、これらの悩みは解決しません。
本記事では、障害者雇用を「義務の達成」から「企業の新たな戦力化」「組織成長の機会」へと転換するための、現実的かつ建設的なアプローチを総合的に解説します。法定雇用率への現実的な対応策から、現場が疲弊しないための業務設計、定着率向上の鍵、そして活用すべき外部リソースまで、御社の悩みを解決するヒントを提供します。
障害者の働き方(障害者雇用)が「難しい」3つの壁とリスク

障害者雇用が進まない背景には、単なる「怠慢」ではなく、企業が直面する現実的な「壁」があります。
法定雇用率の引き上げとペナルティのリスク
まず直視すべきは、法制度の現実です。
- 2024年4月: 2.3% → 2.5% (対象:従業員40人以上)
- 2026年7月: 2.5% → 2.7%
法定雇用率は段階的に上昇しており、対象企業も拡大しています。社員40人の会社なら1人、400人規模なら10人の障害者雇用が必要という計算です。
この義務を果たせない場合、企業には明確なリスクが生じます。
- 障害者雇用納付金: 常用労働者100人超の企業が未達成の場合、不足1名につき月額5万円(年間60万円)の納付金が発生します。
- 行政指導・企業名公表: 未達が続けばハローワークから是正指導(雇入れ計画の作成命令)が入り、それでも改善しない場合は企業名が公表されます。2023年にも複数の企業名公表事例があり、企業の社会的信用(レピテーション)を著しく損なう事態となります。
参考記事: 障害者雇用納付金(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)
「適切な業務がない」という思い込み
多くの企業が抱える最大の壁が「業務の創出」です。「障害者に任せられるような簡単な業務は社内にもうない」「どの業務を任せればいいか分からない」という声です。しかし、これは既存の業務プロセスを前提に考えているための「思い込み」であるケースが少なくありません。
「定着しない」ことによる現場の疲弊
「採用してもすぐに辞めてしまう」という悩みも深刻です。厚生労働省の調査では、精神障害者の就職1年後の定着率は5割を切るというデータもあります。
採用と離職が繰り返されれば、採用コストが無駄になるだけでなく、受け入れ準備をした現場社員の疲弊や、「障害者雇用は難しい」というネガティブな社内認識が広がってしまいます。
これらの壁を乗り越える鍵は、次の章から解説する「業務の再設計」と「環境整備」にあります。
障害者の働き方を創出する

障害者雇用の成否は、「どのような業務を任せるか」で9割決まると言っても過言ではありません。そのための最も効果的な手法が「ジョブ・カービング(業務の切り出し)」です。
ジョブ・カービングとは、既存の業務を細分化・再構築し、障害のある方が取り組みやすい「新しい業務」を創出する手法です。
「障害者でもできる業務を探す」という引き算の発想ではなく、「既存社員の業務を分析し、障害者の強みを活かせる業務を切り出す」という戦略的なアプローチです。
ジョブ・カービングのメリット
- 障害者の戦力化: 本人の特性や強みを活かせる業務を設計するため、高い集中力や持続力を発揮し、貴重な戦力となり得ます。
- 既存社員の生産性向上: 障害者に定型業務やノンコア業務(本来の業務ではないが付随して発生する作業)を任せることで、既存社員はより高度な判断や専門性が求められる「コア業務」に集中できます。
- 業務プロセスの最適化: 社内業務を棚卸し・再編成する過程そのものが、従来の非効率な手順を見直すきっかけとなり、組織全体の生産性向上につながります。
切り出し業務の具体例
- 総務・人事系: 書類のスキャン・PDF化、データ入力、備品管理・発注、郵便物の仕分け・発送、名刺管理
- 経理系: 領収書・請求書の整理、簡単な仕訳入力
- 営業・マーケ系: 顧客リストのクリーニング、Webサイトの簡易更新、SNSの定型投稿
- IT系: PCのキッティング(初期設定)、マニュアル作成、簡単なテスト作業
「障害者でもできる業務はないか?」ではなく、「今いる社員がやらなくてもよい業務はないか?」という視点で社内を見渡すことが第一歩です。
障害者の働き方を支える「合理的配慮」と業務設計

業務を切り出したら、次は「安全に、効率よく働ける環境」を整備します。ここで必要になるのが「合理的配慮」です。
2024年4月の障害者差別解消法改正により、合理的配慮の提供は全ての事業者で義務化されました。
合理的配慮とは、障害が原因で生じる支障を改善・調整するための措置です。
重要なのは、画一的な対応ではなく、必ず本人と話し合い、過度な負担にならない範囲で柔軟に対応策を講じることです。
引用元:リーフレット「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」(内閣府)
障害種別ごとの配慮例
障害の特性は一人ひとり異なります。以下はあくまで一例であり、本人の希望や状況に合わせて調整が必要です。
- 身体障害(視覚・聴覚・肢体不自由など):
- 物理的環境:スロープ設置、バリアフリートイレ、机の高さ調整
- 技術的支援:音声読み上げソフト、文字拡大、筆談・チャットツール(聴覚障害者との会議)、補助具
- 知的障害:
- 業務指示:分かりやすい言葉で、具体的に、一つずつ指示する。作業手順書(写真や図入り)の作成。
- 業務設計:本人のペースで焦らず取り組めるシンプルな業務(ルーチンワーク)を設計する。短時間勤務や休憩の調整。
- 精神障害(うつ病、統合失調症など):
- 柔軟な勤務:体調の波を考慮し、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務(テレワーク)を導入する。
- 環境:ストレス要因を減らす(静かな作業スペースの確保、業務量の調整)。定期的な1on1面談や相談機会の設定。
- 発達障害(ASD、ADHDなど):
- 業務指示:曖昧さ(あいまいさ)を避け、明確・具体的に伝える(「なるべく早く」ではなく「明日の15時までに」)。
- 特性の活用:ASD傾向の方には高い集中力が求められるルーチン業務やデータチェック、ADHD傾向の方には適度に変化や動きのある業務、など強みを活かす配置。
- 環境:聴覚過敏の方にイヤーマフの着用を許可する、ルールや手順を「見える化」する。
合理的配慮と業務設計は、障害者が能力を発揮できる環境を整えるだけでなく、業務指示の明確化や手順の見直しを通じて、職場全体の業務効率化にもつながります。
障害者の働き方と「定着率」を高める支援体制と社内理解

採用しても定着しなければ、企業の負担は増すばかりです。前述の通り、障害者の職場定着率は健常者より低い傾向にあり、特に精神障害者は1年以内に半数が離職するという厳しい現実があります。
定着率を高める鍵は、「採用後」の継続的なフォローアップ体制と、何よりも「周囲の社員の理解」です。
1. 継続的なフォロー体制(メンター・相談窓口)
- メンター制度・サポーター: 業務の指導役とは別に、気軽に相談できる先輩社員(メンター)を配置します。業務以外の不安や悩みをキャッチアップする役割です。
- 定期面談: 人事担当者や上司が定期的に面談(1週間に1回、月に1回など)を実施し、困りごとを早期に把握し対策を講じます。
- ジョブコーチ(職場適応援助者)の活用: 必要に応じ、地域障害者職業センターなどからジョブコーチの派遣を受けます。専門家が本人と職場(上司・同僚)の間に入り、課題解決を図るため、離職防止に高い効果があります。
最も重要な「社内理解」の醸成
障害者雇用がうまくいかない最大の要因の一つに、「周囲の社員の不公平感」があります。
「なぜあの人だけ業務量が少ないのか」 「短時間勤務や在宅勤務が許可されてズルい」 「配慮の仕方が分からず、どう接していいか分からない」
こうした誤解や無理解に基づく不満は、職場の雰囲気を悪化させ、障害者本人も居づらくなり離職につながります。
- 障害理解研修の実施: 障害特性や必要な配慮について、管理職だけでなく全社員を対象に研修を行います。「知らない」ことからくる不安や誤解を防ぎます。
- 情報共有とルールの明確化: 「特別扱い」ではなく、「その特性上、その配慮が必要である」ことを丁寧に説明します。配慮事項や緊急時の連絡体制などをマニュアル化し、関係者間で共有することも有効です。
障害者と共に働く経験は、社員一人ひとりの多様性への理解を深め、マネジメントスキルの向上にもつながります。
テクノロジーが変える「障害者の働き方」

テクノロジーの進化と働き方の多様化は、障害者雇用の可能性を大きく広げています。
テレワーク(在宅勤務)の導入
特に精神障害や発達障害のある方にとって、満員電車の通勤ストレスや、オフィスの雑音(感覚過敏)は大きな負担となります。また、重度の身体障害がある方にとっても通勤は高いハードルです。
テレワークは、これらの負担を軽減し、自宅という安心できる環境で能力を発揮できる強力な選択肢です。
- メリット: 通勤負担の解消、体調に合わせた柔軟な働き方、安心できる環境での業務遂行。
- 注意点: 孤立感を防ぐための定期的なオンラインミーティング、チャットでの雑談の場の設定、体調変化を把握するための仕組みづくり。
ICT支援機器・AIの活用
- 視覚障害: 画面読み上げソフト、点字ディスプレイ
- 聴覚障害: オンライン会議でのリアルタイム字幕表示、チャット機能
- 肢体不自由: 音声入力システム、専用マウス
- AI技術: 会議の自動文字起こし・要約、業務手順のナビゲーション
これらのテクノロジーを活用することで、障害のある社員が健常者と遜色なく能力を発揮できる環境を整えることができます。
障害者雇用(障害者の働き方)を外部リソースで支援する
「合理的配慮のための設備投資コストがかかる」 「社内に支援ノウハウがない」
こうした悩みには、国や地域の支援制度(助成金)や、社外の専門機関を積極的に活用することが賢明です。
助成金制度(コスト負担の軽減)
障害者雇用に伴う企業の経済的負担を緩和するため、様々な助成金が用意されています。
- 特定求職者雇用開発助成金: ハローワーク等の紹介で障害者を継続雇用した場合に支給。
- トライアル雇用助成金: 障害者を試行的に雇用する(原則3ヶ月)場合に支給。
- 設備等導入の助成: スロープ設置、バリアフリートイレ改修、作業支援機器の導入費用などを補助。
これらの制度を活用すれば、初期投資やサポートコストを大幅に削減できます。
専門機関・サービス(ノウハウ不足の解消)
自社だけで抱え込む必要はありません。ハローワークや地域障害者職業センターのほか、障害者の就労・定着を支援するNPOや民間サービスが多数存在します。
新しい選択肢:「共同雇用」モデル(算定特例制度)
特に中小企業にとって、「自社単独」での雇用が難しい場合もあります。その際の新しい選択肢が「共同雇用モデル(算定特例制度)」です。
これは、複数の企業が協同組合やLLP(有限責任事業組合)を通じて共同で障害者を雇用し、グループ全体で法定雇用率を達成できる仕組みです。
具体例:DXダイバーシティ有限責任事業組合(DXダイバーシティLLP) これは、障害者雇用を増やしたい中小企業と発達障害者支援の専門NPOが設立した組合です。
- 仕組み: 参加企業は、組合に所属する障害者スタッフ(ITスキルや高い集中力を持つ発達障害者など)に、自社のDX関連業務(データ整理、システム開発支援、RPA導入支援など)を発注します。
- メリット:
- 参加企業は、組合への参加を通じて法定雇用率をクリアできます(直接雇用しなくても)。
- 単なる数合わせでなく、障害者の専門性を活かして自社のDX推進や業務効率化に貢献してもらえます。
- 障害者と共同で仕事を進める経験を通じて、社内に受け入れノウハウが蓄積されます。
このように、自社のリソース不足を外部の仕組みで補うアプローチも、現実的な解決策として注目されています。
まとめ:障害者の働き方を「義務」から「企業価値向上」の機会へ
「障害者の働き方」は、法定雇用率の引き上げというプレッシャーの中で、大きな変革期を迎えています。
しかし、これを「義務」や「コスト」と捉えるか、「組織変革の機会」と捉えるかで、未来は大きく変わります。
- 合理的配慮の追求は、全社員にとって働きやすい職場づくりにつながります。
- 業務切り出しは、社内の業務プロセスを見直す絶好の機会(生産性向上)です。
- 多様な人材の活躍は、労働力人口が減少する日本において、新たな人材プールへのアクセス(ダイバーシティ経営)となります。
障害者雇用への前向きな取り組みは、企業の社会的責任(CSR)を果たし、社外からの評価を高めることにも直結します。
法定雇用率の達成というゴールの先に、障害のある社員と共に会社の成長を築いていく未来を描き、まずは「社内業務の棚卸し」と「外部支援機関への相談」から、現実的な一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。



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