障害者雇用の推進が企業に求められる中、「具体的にどのようなメリットがあるのか?」「逆に、デメリットや課題は何か?」と悩む人事担当者や経営者の方は少なくありません。
法令順守(法定雇用率の達成)はもちろん重要ですが、障害者雇用は単なる「コスト」や「義務」ではなく、企業の成長につながる「メリット」も多く秘めています。
本記事では、まさにその「障害者雇用のメリットとデメリット」という中核的な疑問に焦点を当て、企業側が知っておくべき点を徹底的に解説します。
さらに、法律の基本概要から、成功事例、導入に向けた実務ポイントまでを網羅し、人事担当者が直面する課題解決の一助となることを目指します。
そもそも「法定雇用率」の基本的な仕組みや、自社が対象かどうかについて不安な方は、まずこちらの「法定雇用率とは?簡単にわかりやすく解説!」の記事で全体像をご確認ください。
障害者雇用のメリット(企業側)

法定雇用率の達成という義務履行以外にも、障害者雇用には企業経営や組織に多くのプラスの効果が存在します。
こでは、企業側が享受できる主な「障害者雇用のメリット」を5つの側面に分けて詳しく解説します。
CSR(社会的責任)の遂行と企業イメージの向上
障害者雇用は、企業の社会的責任(CSR)を果たす上で非常に分かりやすい取り組みの一つです。
障害者を積極的に受け入れ、活躍の場を提供している企業は、「社会貢献に熱心な企業」「多様性を尊重する企業」として、消費者、取引先、投資家、そして将来の入社希望者から高い評価を得やすくなります。 CSR報告書や自社のウェブサイトでこうした取り組みを公表することは、対外的な信頼獲得に直結します。
近年では、公共事業の入札において障害者雇用状況が評価項目になるケースもあり、法令順守以上の積極的な取り組みが、間接的にビジネスチャンスを広げる可能性も秘めています。
企業のブランド価値向上という点で、障害者雇用は大きな意義を持ちます。
ダイバーシティ推進による組織力の強化
障害のある社員とない社員が共に働く環境は、組織のダイバーシティ(多様性)を具体的に推進します。多様な背景を持つ人材がお互いの違いを認識し、理解し合うプロセスを通じて、社内に自然と助け合いの精神や配慮の文化が育まれます。
特に、障害のある同僚と働く社員は、業務指示やコミュニケーションにおいて「どうすれば相手に分かりやすく伝わるか」を工夫するようになります。この姿勢が組織全体に広がれば、誰もが安心して発言・行動できる「心理的安全性の高い職場」づくりにつながります。
結果として、社内コミュニケーションが活性化し、既存の枠にとらわれない新たな発想やイノベーションが生まれる土壌が育まれることも、組織力強化という面での大きなメリットです。
労働力不足の解消と優秀な人材の確保
少子高齢化により、日本の労働力人口は減少傾向にあり、多くの産業で人材不足が深刻な課題となっています。障害者雇用は、この課題に対する有効な解決策の一つです。
これまで採用ターゲットとして十分に認識されてこなかった層にも門戸を広げることで、企業はより幅広い人材プールから適材を確保することができます。
障害のある方の中にも、特定の分野で高い専門性や集中力を発揮する人材は少なくありません。
能力を最大限に発揮できる場と適切な配慮が提供されれば、彼ら彼女らは企業の生産性向上や業績貢献に寄与する「貴重な戦力」となります。障害者雇用に取り組むノハウを蓄積することは、将来のさらなる人手不足時代に備える力ともなります。
業務プロセスの見直しによる生産性向上
障害者を受け入れる際は、その方の特性や能力に適した業務を切り出して担当してもらう必要が生じます。この「業務の切り出し」は、一見すると手間のかかる作業ですが、既存の業務フローを根本から見直す絶好の機会となります。
「この作業は本当に今のやり方がベストか?」「誰でもできる定型業務はないか?」といった視点で社内業務を棚卸し・再編成するプロセスは、業務全体の効率化につながる場合があります。
例えば、「健常者でなくてもできる定型業務」を分離し障害のある社員に任せることで、他の社員はより付加価値の高い、高度な判断が求められる業務に集中できるようになります。
このように、障害者雇用をきっかけとした業務最適化は、結果として組織全体の生産性を向上させるメリットをもたらします。
助成金・調整金の活用による経済的メリット
障害者を雇用し、必要な環境整備やサポート体制を構築する企業に対し、国や自治体は各種の助成金・奨励金制度を用意しています。
これは、受け入れに伴う企業の経済的負担を緩和するための重要なインセンティブです。 代表的なものに、ハローワーク等の紹介で継続雇用した場合に支給される「特定求職者雇用開発助成金」や、試行雇用(トライアル)で活用できる「トライアル雇用助成金」があります。また、職場設備の整備や介助者の配置、通勤対策等に対する補助金など、活用できる助成策は多岐にわたります。
これらの制度をうまく活用することで、スロープの設置や支援機器の導入といった初期投資や、人的サポートにかかるコストを大幅に軽減できます。
障害者雇用のデメリットと課題(企業側)

一方で、企業が障害者雇用を進めるにあたり直面しがちな「障害者雇用のデメリット」や課題も存在します。
メリットばかりに注目して十分な準備なく進めると、現場の混乱や早期離職といった問題に直面する可能性があります。ここでは主な課題を5点挙げます。
①受け入れ体制の構築と環境整備コストの発生
障害のある社員が安全かつ安心して働ける職場環境を整備するためには、相応のコストが発生します。
例えば、車椅子利用者のためのスロープ設置やバリアフリートイレへの改修、視覚障害者向けの点字案内や音声読み上げソフトの導入など、物理的な改修や特別な機器導入には初期投資が必要です。
助成金によって一部は補助されるものの、全額が賄われるわけではなく、企業側の負担がゼロになるわけではありません。
また、受け入れ体制構築のために人事・総務担当者の業務負担が増えたり、社内規程の整備やサポート体制の構築など、目に見えにくい人的・時間的コストも発生します。これらは障害者雇用を進める上での初期ハードルと言えます。
②適切な「業務切り出し」と職務設計の難易度
障害者の特性や能力に合わせて担当してもらう業務を選定し、切り分ける作業(ジョブ・カービング)は、企業にとって大きな負担となる場合があります。
どの部署で、どんな仕事を、どの程度の業務量・難易度で任せるか、といった職務設計は一筋縄ではいきません。 特に中小企業では、一人の社員が多様な業務を兼務していることが多く、業務が属人化・細分化されていないため、「障害者に任せるために業務を用意する余裕がない」という声も聞かれます。
障害の種類や個々の能力によって適性も千差万別であるため、適切な業務が切り出せない場合、せっかく採用しても本人が能力を発揮できず、早期離職につながってしまうリスクがあります。
③人事評価制度やキャリアパス設計の課題
障害者を雇用した後、既存の(健常者と同一基準の)人事評価制度をそのまま適用すると、評価が適正に行われないという問題が生じがちです。
業務範囲や量が限定的であることから、不本意ながら障害者社員の評価が相対的に低位に偏ってしまうケースが指摘されています。 画一的な評価基準では、本人の努力や貢献度を正しく測定することが難しく、モチベーションの低下や不公平感にもつながりかねません。
また、業務範囲が限定的な場合、昇進・昇格といった長期的なキャリアパスを描きにくいという課題もあります。「障害者だから昇進させない」のは差別ですが、現実問題として公正な評価とキャリアアップの仕組みをどう両立させるかは、多くの企業が悩むデメリット(課題)です。
➃社内の理解促進と既存社員のサポート負荷
障害者雇用を成功させるには、配属先の部署だけでなく、全社的な理解と協力が不可欠です。しかし、職場の他の従業員が障害特性や必要な配慮について十分に理解していない場合、コミュニケーション上の行き違いや摩擦が生じる可能性があります。
例えば、「なぜ、あの人だけ業務量が少ないのか」「注意しづらい」といった周囲の不満が溜まり、職場の士気が低下するケースも報告されています。
また、導入初期は、業務のフォローや指導を行う同僚・上司へのサポート負荷が一時的に増大することも避けられません。これらを防ぐには、継続的な社内教育や啓発活動が必要ですが、それ自体も企業にとっては手間のかかる取り組みです。
⑤法定雇用率未達時の納付金と社名公表リスク
これは直接的な「デメリット」というより義務不履行時のリスクですが、法定雇用率を満さない場合のペナルティは経営上無視できません。前述の通り、要件を満たさない企業(従業員100人超)には、不足1名につき年間60万円の納付金が科されます。
これは純粋なコスト流出であり、人事担当者はハローワークへの改善計画提出や報告など、追加の行政対応業務にも追われます。それでも雇用率が改善しない場合、最終的には社名公表という措置が取られ、企業イメージの毀損や取引への悪影響といった深刻な経営リスクに発展します。
ESG投資やSDGsが重視される昨今、「障害者雇用に消極的」と見なされること自体が、企業価値を下げる大きなデメリットとなり得ます。
障害者雇用促進法の概要と法定雇用率の義務

障害者雇用促進法は、障害のある人の職業の安定と就労促進を図る法律です。この法律により、一定規模以上の企業は法定雇用率以上の障害者を雇用する義務があります。
2024年現在、民間企業の法定雇用率は2.5%で、従業員40人以上の企業が対象です。これは社員40名につき1名の障害者を雇用する計算になります。
この法定雇用率は段階的に引き上げが決定しており、2026年7月には2.7%に上昇します。これにより、対象企業は従業員38名以上の規模に拡大される見込みです。
雇用率の算定対象となるのは、身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳の所持者です。重度障害者は1人を2人分としてカウントする特例もあります。
義務を果たさない場合のペナルティ
法定雇用率を達成できない企業にはペナルティが課されます。
- 障害者雇用納付金: 従業員100人超の企業では、不足する障害者1人あたり月額5万円(年間60万円)の納付金が発生します。
- 行政指導: 毎年6月のハローワークへの報告義務があり、大きく未達成の企業には是正指導(雇入れ計画の作成命令等)が行われます。
- 企業名の公表: 指導後も改善しない場合、企業名が公表されます。2023年にも複数社の企業名が公表されており、企業の社会的信用を著しく損なうリスクとなります。
逆に、法定雇用率を超えて雇用している企業には、超過1人あたり月額2万7千円の「障害者雇用調整金」が支給されるなど、積極的な取り組みを支援する制度も整備されています。
成功事例から学ぶ障害者雇用のポイント

障害者雇用を積極的に進め、成果を上げている企業は少なくありません。
ユニクロ(ファーストリテイリング)
「1店舗に1名以上」の目標を掲げ、2013年度には雇用率6.64%という高水準を達成しました。全国の店舗で障害者スタッフが品出しや接客補助などで活躍し、店舗運営に欠かせない戦力となっています。トップの明確なコミットメントと、現場主体の採用・指導、標準化された業務マニュアルが成功の要因です。
イオン(イオングループ)
約1,800名もの障害者を雇用しています。食品の品質管理を行う「クオリティ・キーパー」という専門職種を設けるなど、多様な職域を開発しています。
また、複数の特例子会社(障害者雇用に特化した子会社)を保有し、グループの総力を挙げた受け入れ体制を整備しています。
トヨタ(トヨタループス株式会社)
特例子会社を活用し、社員の約8割が障害者という高い比率を実現しています。親会社から受託した印刷業務や備品管理などを担当し、重度障害のある方も能力に応じた工程で力を発揮しています。
適切な業務切り出しと合理的配慮をゼロから設計した点が成功のポイントです。
リクルートグループ
障害種別ごとに特化した特例子会社を3社設立しています。重度の知的障害者、内部障害者など、一般就労機会が少ない層にも在宅勤務などを活用し、活躍の場を提供しています。
一方で、計画性なく「人手不足解消」のためだけに採用し、健常者と同一基準で評価した結果、ミスマッチが多発し早期離職を招いた失敗例もあります。
また、法定雇用率未達を放置し、最終的に社名公表に至った企業も存在します。これらの事例は、「経営トップのコミットメント」「適切な職務設計」「社内の理解醸成」の重要性を示しています。
人事担当者が押さえるべき実務的な対応ポイント
障害者雇用を定着させるためには、人事担当者による計画的な採用と継続的な支援が重要です。
1. 採用計画の策定と募集活動
まずは自社で任せられる業務(事務補助、清掃、データ入力など)を洗い出します。ハローワークの専門窓口や民間の障害者就職支援サービスの活用が有効です。
「トライアル雇用制度」を利用すれば、ミスマッチを防ぐことにもつながります。選考時には配慮してほしい点を丁寧にヒアリングし、マッチングの精度を高めます。
2. 受け入れ準備(職場環境・体制整備)
採用が決まったら、入社までに環境整備を行います。
段差解消や必要な支援機器(音声入力ソフト、筆談ボード等)の準備には助成金も活用できます。また、配属部署の上司・同僚への事前説明も重要です。
具体的な配慮事項をチームで共有し、職場全体でサポートし合う雰囲気づくりを心掛けます。
3. オンボーディング(入社後の支援)
入社後は、きめ細かなフォローで職場定着を支援します。
メンター役の先輩が業務手順を教えたり、画像や動画を使った分かりやすいマニュアルを用意するのも有効です。「ジョブコーチ」(職場適応援助者)制度を活用し、専門の支援スタッフに企業と本人の双方をサポートしてもらうことも検討しましょう。
4. 定着率向上のための取り組み
長く働き続けられるよう、定期面談など相談しやすい仕組みを作ります。問題が見つかれば早期に業務調整を行います。また、周囲の社員への継続的な啓発も必要です。
障害者理解研修などを通じて、合理的配慮と公正な評価のバランスについて社内の納得感を醸成します。意欲のある社員にはスキルアップや職域拡大の機会を提供することも定着につながります。
5. 外部資源との連携
企業内の取組みに加え、外部の専門機関や制度を活用することも成功の鍵です。厚生労働省管轄の「就労定着支援事業」や、地元の「障害者就業・生活支援センター」は、企業訪問も含めた専門的な助言を無料で提供しています。
自社単独での対応が難しい場合は、特例子会社の設立や、外部の農園型受け入れサービスを利用する方法も選択肢となります。
まとめ:障害者雇用:企業側のデメリット・メリット
日本の障害者雇用は法制度の整備とともに進展し、企業に課された雇用義務は年々拡大しています。
しかし、障害者雇用は「義務だから行う」ものではなく、企業にもたらすメリットは計り知れません。
多様な人材が活躍できる職場づくりは、イノベーション創出や組織の活性化につながります。
取り組みには課題も伴いますが、それらは行政の支援策や先人の知恵を借りながら克服可能なものです。
障害の有無にかかわらず、多様な人材が能力を発揮できる職場を実現することは、企業にとって何物にも代えがたい財産となるはずです。



コメント